幼少の頃より訪れた軽井沢で過ごす間に、刺繍デザインアイディアが次々と湧くことから
度々訪問するように。軽井沢の気候と緑と渓谷が織りなす世界が、クチュールの世界観を
表すのに最高の場所と確信し、2017年、森の中にある手刺繍店をオープン。
翌年、テニスコート通りから旧軽井沢銀座通りに新店舗拡張オープン。
一人息子を自然の中で遊ばせる環境としても最高なので、東京と軽井沢2拠点生活を
メルマガで配信。写真をふんだんに盛り込まれた軽井沢情報が、コロナの影響で
旅ができない読者の方々の心を癒すと好評を博している。
メルマガ読者限定キャンペーンを通して、作り手とファンの温かな交流が生まれています。
クチュール軽井沢
軽井沢町軽井沢709
営業時間:9時~17時(季節変動あり)
営業期間:4月~11月
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15年以上前は首都ハノイから、でこぼこ舗装されていない道をひたすら走り続けて車で3時間半の田舎村。 気軽にふらっと立ち寄れる場所でないので、風光明媚な自然が豊かながら、訪れる外国人は旅好きのフランス人ばかり。 しかし、そこは100年近くフランス統治により、刺繍が作られ欧米諸国に輸出産業が発達した刺繍村なのです。 良質な刺繍を求めて、現地の人と交流を深めてやっとたどり着き、初めての日本人訪問に歓迎を受けました。 もともと家族経営で細々とやっていたVuと共に、常勤職人は一人もいなかった時代から、日本マーケット向け商品制作を スタート。当時は百貨店OEMを中心にしていたので、ベトナム商工会議所引き連れる日本企業の買い付けツアー団体から、 OEM商品をかくす必要に迫られて、敷地内に別工房を建設しました。なぜかというと、社会主義国であるベトナムでは、 土地は国のもので逆らえないのです。私たちがデザインした刺繍が転売されるケースが後を絶ちませんでしたから。 生地選定染色から生産するクチュール刺繍は、1枚もベトナム市内で販売されず、100%日本に輸入されます。 徐々に生産量を増やし、人を雇い入れ、毎月発注ができるようになったのは、日本の皆さまがクチュール刺繍を 愛してくれるおかげです。私たちは感謝の気持ちをこめて、今日も制作に勤しんで精進してまいります。
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![]() | 刺繍プロデューサー 井上 里絵 青山学院女子短期大学芸術学科染織専攻。海外一人旅10か国以上。 学生時代にヨーロッパ周遊で触れた文化の香りに憧れを抱き、 いつの時代にも女性に不易流行、温故知新を求め「刺繍」に惹かれる。 | |
![]() | 刺繍職人 刺繍工房長 ルアン 国から認められている有数の国家刺繍技能士。 ヨーロッパ製品の委託製作の研鑽を経てることから、 クチュールの繊細な表現方法に合致。クチュール専属刺繍工房長として 20人以上の刺繍職人を指導し、クチュール刺繍を生み出している。 | |
![]() | 刺繍ビジネスマネージャー 井上 誠 手刺繍をこよなく愛す「クチュール」のマネジメント責任者。 アメリカのオレンジカウンティ(高級住宅街)で高校~大学留学の時に 出会った在米ベトナム人コミュニティと交流を深めたことから、 将来ビジネスするならパートナーはベトナムがいいと心に決めていた。 | |
![]() | 刺繍工房マネージャー リエン 2児の母。刺繍工房長ルアンの娘。 刺繍技術を幼いころより習得して、親譲りの繊細な色使いが得意。 2012年、日本に招へいされ、トレーニングを受けたことで 日本市場マーケットと刺繍職人をつなぐ架け橋となった。 | |
![]() | 刺繍職人 イン 両親、兄弟も刺繍村に生まれ刺繍職人であったので、刺繍の生計で 学校に行った後、職人の道を選ぶ。生涯現役であり続けたいと 安定経営のクチュール工房に志願してきた熟練職人。 | |
![]() | 生産管理マネージャー ティン 12年前にクチュール工房に入所。こつこつと真面目に仕事をこなす姿は、 アバウトな性格のベトナム人男性が多い中で貴重&模範的存在。 2012年に品質管理担当に抜擢。 | |
![]() | 上級刺繍サンプルマスター ラン 刺繍図案から読み取り、刺繍スワッチと呼ぶ刺し見本を作れる職人を、 サンプルマスターと言います。クチュール直営工房に入ったばかりの 職人は、まずひたすらランの刺し見本通りに刺せる訓練を受けます。 | |
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刺繍サンプルマスター ハイ クチュール刺繍の特徴でもあるキュートモチーフの刺繍柄が得意。 非常に針数の多い繊細な表現が出来る数少ない職人の一人。 ハイの刺繍コピーは難しく、他の職人が刺すと荒く見えることも。 | |
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↑クチュール直営ベトナム工房の職人たちのインタビューをぜひご覧ください!
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